俺にだって、苦手ってゆーかどうにも勝てない気がする相手が、1人くらいはいる。



      多分、勝てない人



「よぉ、越前。」

関東大会が終わったとある日の学校。
俺は後ろからいきなし声をかけられた。

何か嫌な予感がしたから早足でその場から去ろうとしたら

 ゲシッ

背中に蹴りを食らう。

「無視してんじゃねー。」
「ゲフッ!さん…」

この人は さん、手塚部長や不二先輩と同じ3年生の先輩だ。
別にテニス部の関係者じゃないけどうちの先輩とは結構仲いいらしくて
ちょくちょく部活中にやってきてはおばさんに追い出されてる。

それはいいんだけど、俺この人ちょっとニガテなんだよね……
勢い良すぎて喋ったりなんかしたら自分のペース見失いそうになるし、
事ある毎に蹴られるか殴られるかするしさ。

「きーたぜ、テニス部、関東大会優勝したんだってな!」
「ま、まぁ…」
「しかもお前凄いなぁ、相手はテニス界でも有名なつわものだってーじゃねぇか。
 かーっ、やるねぇ。」

言って、この人は俺の背中をボフボフと叩きまくる。

「……アンタ、ホントに女?」
「失敬な、どこをどーみてもピチピチガールだろうが。」

ピチピチ…多分コメントしたら殴られるから黙っておこうと思う。

「それよりさ、越前、お前今日暇?」
「一応部活は早く終わるけど?」

さんがニタッと笑ったから俺は何か嫌な予感がした。

「じゃーさ、お前んち寄らせてよ。」
「ヤダッ!!」

反射的に答えたら、背中に思い切り蹴りを食らった。


  ■ □ ■ □ ■


「カルピーン、こっちおいで〜☆」

俺の部屋にさんの文字通り猫なで声が響く。

「だからヤだったのに…」
「何か言ったか?!」
「別に…」

ベッドに座り込んでる俺は言葉を濁して、目の前に展開されてる光景を見つめる。

人に蹴りを入れてまで放課後俺の家に上がりこんださんは
うちの飼い猫、カルピンと遊びまくってた。

そう、この人が俺んちに上がりこむ時は決まってカルピンと遊ぶと相場が決まってる。
しかもその間、俺には全然目もくれない。

で、うちのカルピンはカルピンで普段は俺以外の人間にはあんましなつかないくせに
(あ、桃先輩にはなついてたかな)
さんに限っては俺の時よりも自分から擦り寄ったりしてるんだよね。

何かムカつく。

「そらそら、カルピン。」

そんな俺の気も知らないで、さんはカルピンに向かって猫じゃらしを
フリフリしている。

「ねぇ、」
「ほれっほれっ、頑張れ。」
「ねぇ、」
「こっちだこっち、それそれ。」
「ねぇったら!!」

さんはやっとのことで俺のほうを向いた。

「あんだよ、さっきからー。」
「あんだよじゃないでしょ、さっきから俺のことは無視?」
「うん!」

……そんなにハッキリ言う、普通?
だからこの人はやんなっちゃう。

さんは俺を見てクスクス笑った。

「何、越前。構ってほしいの?」
「別にっ!」

この人のまるで小さい子供みたいな扱いも嫌いだ。

「構ってほしいんなら素直にそう言いな。」
「別にって言ってるじゃん。」
「はいはい。で、どーかしたのか?」

言ってさんは隣に座って人の頭をなでる。
情けない話だけど、これをやられると俺は勝てた例がない。

「アハハッ、お前他のやつらの前じゃクール気取ってんのにおもしれぇな。」
「誰のせいだと思ってんの?」
「さあな。少なくとも、私のせいじゃないと思ってるけど。」

アンタのせいだよ。
そう言いたいけど黙っておく。言うのは何か悔しい気がする。

テニスだったら誰にも負けないのに、何でこの人には勝てないんだろう。

「越前。」

さんはふと笑った。

「私は別に笑わないからさ、ちったぁ力抜けよ。」
「俺、別に力んでないけど。」

言ってるのにこの人は取り合わない。
ただ、人の頭をなでなでしてるだけ。

「あっ!」

急にさんは立ち上がった。

「お前、ゲーム機持ってんじゃん。」

ロクなことに気がつかないんだから。

「いいないいな、何かやろーぜ。」
「ちょっと、勝手に人のソフト漁らないでよね。」
「ウルセーなぁ、んな固いこと言ってたら手塚みたいに眉間に皺寄るぞ。」

部長が聞いたら絶対黙ってないだろうね、今の台詞。

「おっ、ちょーどいいや。コレやろうぜ!」

うげっ。

さんが取り上げたパッケージを見て、俺は思った。

そのゲームだけはこの人と絶対やりたくないのに、と。


  ■ □ ■ □ ■


「おっしゃーっ、いっただきー!」

さんが片手にコントローラーを握り締めたままガッツポーズをする。

「にゃろう………。」

俺は憮然とした顔でテレビ画面を凝視する。

「どーよ、越前。降参か?」
「じょーだん。」

コントローラーを握り締めて俺は言った。

「今度は負けないよ。」
「はいはい。んじゃ、もっぺん行くかー。」

言って俺とさんはコントローラーをパコパコと操作する。

「レベルはさっきと一緒な。」
「俺は何でもいいけど。」

画面の真ん中で、黄色いウサギみたいなキャラが風船を割って勝負が始まった。

瞬間、長方形のフィールドの上から、赤や黄色や青のゼリーかグミキャンディみたいな
モンスターが二つ一組で落ちてくる。

トトト トトト パコッ トスッ

俺とさんは落ちてくるモンスターを動かしてフィールドのあちこちに置く。
置かれたモンスターのうち、同じ色が4つくっついたやつがパアンと弾けて消えた。

「あーっ!!」

突然さんが叫んだ。

「何でんなとこに落ちるんだよーっ、連鎖が組むの止まったじゃねーかー!」

さんのフィールドに饅頭みたいな形の透明なモンスターが降ったのを見て
俺はニヤリとする。

「くそー、越前、お前そー来たか。」
「何のこと?」

俺がしれっとして答えるとさんは引きつった。

「ほほぉ、そうゆーことか。ならば私はこーだ!」

さんが言った瞬間、さんのフィールドでモンスターが連続で消える音がする。

「あっ。」

俺の叫びも虚しく、

 ドーン

俺のフィールドにさんとこに降らせたのの倍の透明モンスターが降ってきた。

「にゃろう……」

大量に降ってきた透明モンスターに埋め尽くされ、底が抜けていくフィールドを見て
俺は唸った。

ふと、さんを見るとこの人は得意げな顔をしていた。

「”まだまだだね”」

人の口真似までして、この人一体いくつなのさ。

「俺より年上のくせに、ガキ。」
「痛い目にあいてぇのか?」

コントローラーを離したさんは俺の首をギリギリと締め出した。

「…たいたいたいたいたい!」
「フンッ、私に逆らおうなんて早いわ、馬鹿者。」
「意味不明…」
「却下。」

まったく、超がつく自分勝手だ。
先輩達もよくこんなのの相手してられるよね。
それとも、押されてるだけかな?(有り得そうでやだ)

「さんってさ、」

ジタバタしながら俺は言った。

「んあ?」
「何でやたら俺に構う訳?」

聞いた瞬間、さんは俺から手を離した。
そんな質問をされるとは思ってなかったのか、それとも単に何も考えてないのか
目をぱちくりさせてる。

「んなこと決まってるだろ。」

ちょっとばかし黙った後でこの人は言った。

「私にもわからん。」

俺は聞くんじゃなかったと密かに激しく後悔した。

「んじゃ今度は私から質問。」
「何?」

俺がつい、と横目で見るとさんは何か見透かしたようなニヤニヤ笑いを
浮かべながら言った。

「お前は何で私が絡むたびにいちいち相手してくれんだ?」
「!!」

何でって…そーいや何でだろ?

「そら、見ろ。」

さんのニヤニヤ笑いが深くなった。

「お前だって答えられんだろーが。」
「ぐっ…」
「自分でもわからん質問をぶつけるんじゃねーよ、少年。」

やっぱしこの人には勝てない。

しかも猶悪いことに、その後俺はさんにこの落ち物パズルゲームで
コテンパンにやられた。


  ■ □ ■ □ ■


「いきなしアレはないんじゃない?」

ゲーム機を片付けながら俺はブツブツと言った。

「ゲーム開始直後から7連鎖とか有り得ないし。」
「おいおい、バカ言ってんじゃねーよ。」

ケーブル類をなおす手伝いをしてくれながらさんは言う。

「お前だってテニスの試合で勝つためにしょっぱなからなんだっけ、えーと…
 ああ、そう、ツイストサーブをぶっ放したりすんだろが。同じことだろ。」
「落ち物ゲームとテニスは違うじゃん。」
「コラコラ、お前。物分りの悪いことは言うもんじゃねぇぞ。勝負と言う点では
 違わないだろ。」

ついでにさんはまだその辺をうろついてたカルピンに『ねぇ?』と聞いても
無駄な同意を求める。

ったく、どこまでも俺を馬鹿にして…

「それでもやっぱ違う。」
「当たり前だ。」

今度はさんは俺の台詞をキッパリハッキリ斬り捨てた。
同じだと言うかと思えば、違うという意見も肯定して、一体この人は何を
考えてるんだろう。

「お前にとっちゃテニスは人生だからな。そんだけ熱入れてるもんと
TVゲームじゃ確かに 違う。」
「アンタ、結局何が言いたい訳?」
「お前、鋭いのか鈍いのかわからんなぁ。」

さんは丁寧にまとめてくれたケーブルを俺に差し出しながら言った。

「よーするにだな、しょうもないことでガタガタ言うなってことだ。
 どーしてもあのゲームで私に勝ちたきゃ修行しな。」

……思い切り正論。
結局こーなるんだ、ちぇっ。

そこへ急にさんがクスクス笑い出す。

「何?」
「いや、ゲームごときでブツブツ言う辺り、お前もやっぱり人間なんだなって。」
「当たり前じゃん、何だと思ってたの。」
「異次元生命体。」

相手がもし菊丸先輩とかだったら俺は絶対ボールをぶつけてると思う。

「怒るなよ。」

見透かしたようにさんは言った。

「お前がお前だから嫌いじゃないんだぜ?」

言って、優しく微笑まれたら俺に言い負かす勝機なんてない。

 ボフッ

「おいおい、越前…」
「だからアンタ苦手なんだよね。」

さんにもたれながら俺は呟いた。

――散々人で遊んどいて、そのくせきっちり俺のことをわかってて、
優しくしてくれるから。

さんは、俺の思うところがわかってるかのように何も言わずに俺に両腕を回した。


  ■ □ ■ □ ■


そうして散々俺とカルピンで遊んで、さんはかなり日が沈んだ頃に帰っていく。

「悪いな、かなり長いことお邪魔して。」

うちの門の前で、さんは言った。

「ホント、アンタ遊びすぎ。」
「く、クソー、そればっかは反論の余地がねぇな…」

さんはうーむ、と唸りながら手を頭にやる。
そんなさんを見てたせいか、俺はうっかりこう口走っていた。

「ま、他のヤツならとっくに追い出してるけどね。」
「越前?」

……あ。やっちゃった。

「お前…」
「感謝してよね、」

さんの言葉を遮って、負け惜しみみたく俺は言った。

「俺、あんまし寛大じゃないんだから。」
「おい。」
「そゆことだから、じゃ、また。」

俺はさんの顔を見ないように慌てて門から離れて、玄関に向かう。

「越前!」

家の中に入ろうと、ドアノブに手をかけた瞬間さんが呼びかけた。

「ありがとよ!」
「別に。」

うっかり振り返ったことを微妙に後悔しながら俺はぶっきらぼうに言った。

「そんじゃ、また明日なー。」

……………………。

「ちぇっ。」

駆け足で去っていくさんをボンヤリと見ながら俺は呟いた。

「あの人には一生勝てないかも。」

―――多分だけど。

The End
作者の後書き(戯言とも言う) 撃鉄シグ初の越前夢であります。 コレを書いてて思ったんですが、越前君の一人称ってのは かなり難しいですね。 撃鉄んトコはファンブック以外原作のコミックをおいてないので (買っても置く場所がない為) 口調の参考資料がほとんどなく、ニメの皆川さんの声を頭の中で無理矢理再生して 文中の彼の台詞を調整しなければならんかったです。 しかもネタがなかなか出てこないし。 最終的にこの形にするまでにかなりの回り道をしてしまいました。 そんなこの作品ですが、リクエストくださった華白様に捧げます。 大変お待たせしましたが、どうぞお受け取りくださいませ☆ ここまで読んでくださった方も有り難う御座いました(^_^) 追伸:作中に登場するTVゲームは撃鉄がテニプリ以前から大好きな、 ぷ●ぷ●であります。(コラ!)
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